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岩手県二戸市金田一字舘73

ネット上では「石工 石小馬」、「明治6年8月建立」とある。
ただ、写真から推測すると、
「願主 下斗米??」、「石工 原馬之助」、「明治11年8月4日」では?

八坂神社 参道入口

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岩手県二戸市福岡字五日町29番地

正面右(阿)。
 「奉納」、「所願成就所」、「願主 福岡 阿部屋忠兵衛、同石切所 小野屋孫左エ門、同尻子内産 八戸催主 大塚屋仁兵衛 敬白」、「安政二歳(1885年)乙卯七月吉日」

正面左(吽)。
 「奉納」、「海上安全」、「願主 福岡 辰巳屋松兵衛、同海津 吉野家太助、野邊地 仙臺屋彦兵衛 敬白」、「安政二歳乙卯七月吉日」

投稿:埼玉県/山崎さん


呑香稲荷神社 一の鳥居前

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岩手県二戸市福岡字五日町29番地

正面右
 「奉納」、「呑香社貯蓄會」、「願主(?)・・・ 世話人・・・ 」、「昭和二年八月二十九日 社司・・・」

正面左
 「奉納」、「願主(?)・・・」、「昭和二年八月二十九日」

投稿:埼玉県/山崎さん

呑香稲荷神社 参道途中

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岩手県盛岡市新庄町5-43

仕狐は、盛岡菅公会が平成4年7月7日に奉納したもので、雌狐は子狐を抱き威厳のある中にも優しさのあふれる表情をしているそうです。

台座には、盛岡市玉山区出身の石川啄木が天満宮を詠んだ
苑古き 木の間に立てる石馬の 背をわが肩の月の影かな
が刻まれている。

雄狐の台座には、昭和元年に設立した第二次盛岡菅公会の沿革などが刻まれている。
なお、雌狐と子狐の口先部分の色が他の部分と違うので修復されたのか?

投稿:埼玉県/山崎さん

(管理人追記:ネット上に平成17年の写真があり、口先部分が欠損しているため推定の通りと思われる)



盛岡天満宮 境内社平安稲荷前

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岩手県盛岡市新庄町5-43

石川啄木お気に入りの散策と読書の場所だったそうです。啄木が20歳の時に執筆した小説「葬列」のなかに石馬(狛犬)が登場するようです

石馬(狛犬)について
明治36年6月、前年の菅公一千年祭を記念し、近くに住む「高畑源次郎」が病気平癒の願いが叶えられたお礼に奉納したと伝えられる。
石馬(狛犬)は地面に置かれていたが、昭和8年7月に天満宮の丘に建てられた思郷歌(病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも)の歌碑除幕式に併せ、啄木の歌を刻んだ台座に据えた。

本殿に向かって右「阿形」の台座には、
夏木立中の杜の石馬も 汗する日なり 君をゆめみむ(「小天地」第1号)
本殿に向かって左「吽形」の台座には、
松の風夜晝ひびきぬ 人訪はぬ山の祠の 石馬の耳に(「岩手日報」明治41年11月3日)
と刻まれている。(説明板より)

投稿:埼玉県/山崎さん

盛岡天満宮 境内参道途中

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岩手県岩手郡岩手町御堂第3地割 地内

建立年:昭和五年旧七月
願主:高橋松之助 子息?
石工:一戸町 中村藤吉刻

投稿:埼玉県/山崎さん



北上山新通法寺正覚院 本堂前

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岩手県岩手郡岩手町御堂第3地割 地内
建立年・石工共に不明

投稿:埼玉県/山崎さん


北上山新通法寺正覚院 石段途中 山門前

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岩手県二戸郡一戸町高善寺字野田52番
建立年・石工共に不明

投稿:埼玉県/山崎さん


八坂神社 一の鳥居前